速くて安くて疲れない:新しいマイクロサテライトマーカー作製法

生物のゲノム染色体には、たくさんの遺伝子座が並んでおり、二倍体の生物では、一つの遺伝子座に二つの対立遺伝子が含まれています。そして、それらの対立遺伝子は、メンデルの法則に従って、それぞれ母親と父親から一つずつ受け継がれています。だからといって、両方の対立遺伝子の特徴が全て子どもの姿形に反映される訳ではないので、子どもの姿形の半分が母親似、半分が父親似になる訳ではありません。実際には、子どもの顔をじっくりのぞき込んだところで、横にいる大人が実の親かどうかを、自信をもって判定することは出来ません。しかし、遺伝子そのものを調べることができれば、ある程度自信を持って実の親を言い当てることが可能になります。

親子の関係を判定する場合、ゲノム内の全ての遺伝子座を調べるのは、経済的にも労力的にも時間的にも不可能なので、通常、いくつかの遺伝子座を選んで、その対立遺伝子の受け継ぎ状態を調べます。調べる遺伝子座はゲノムのほんの一部に過ぎませんが、それぞれがメンデルの法則に従って親から子へと受け継がれているので、うまく選べば親子の関係をかなり確度高く判別することが出来ます。「二人が親子であれば、どの遺伝子座にも必ず一つは双方に共通する対立遺伝子が存在する。従って、二人の遺伝子座をいくつか調べた時、双方に共通する対立遺伝子を全く含まない遺伝子座が一つでもあれば、その二人は親子ではない」という原則を基本にして、子どもの周りの大人たちから親でない大人を消去していくと、運が良ければ男女二人だけが残ることになります。そうなれば、その二人は母と父と推定できます。そして、調べる遺伝子座の数とそれぞれの変異が大きければ大きいほど、実の親を言い当てる確率が高くなります。

さて、数塩基からなる配列の繰り返し(例えば、ACACACACACACACACAC)が、ゲノムDNA内のあちこちに高頻度で散在していることが十数年前に見つかりました。このような部分をマイクロサテライト(microsatellite: simple sequence repeat; SSRともいう)と呼んでいますが、その後の研究で、マイクロサテライトの多くは、なぜか変異が異様に大きく、親子判定のために調べる遺伝子座として最適であることが解ってきました。現在では、このマイクロサテライト配列を含む領域のみをPCR法によって増幅して電気泳動することにより、その部分の変異を検出することが可能になっています。マイクロサテライト配列を含む領域を一つの遺伝子座に見立てれば、この方法では、二つの対立遺伝子の両方ともが、検出できます(この性質を共優性といいます)。変異が大きく(言い換えると、多数の個体を調べると、多数の対立遺伝子タイプが見つかる)共優性なので、今では、精密な親子解析にとって理想的な遺伝子座(マーカーともいう)と考えられています。実際このマーカーによる親子判定法を、動植物から菌類に至る多数の生物種に適用した研究が、ここ十数年の間に、世界各地で爆発的に進められています。

良いことずくめのマイクロサテライトマーカーの様ですが、実際にはいくつか難点があります。マイクロサテライトマーカーは、繰り返し配列の両側に結合する二つのプライマーでPCR増幅出来るように作ります。従って、マイクロサテライトマーカーをPCRで増やすには、まず始めにその両側配列を調べて、PCR用のプライマー対を設計しなくてはなりません。最大の難点は、そのプライマー対を設計するために、それぞれのマイクロサテライトの両側配列を一つ一つ決定しなくてはならない点です。従来から、コロニーハイブリダイゼーションという技術を中心とした手法がそのために用いられていましたが、多くの生態関係の研究室にとっては、かなりの初期投資と特別なノウハウが必要とされる、取り付きにくい方法でした。その後、この手法には様々な改良がなされていますが、依然として、その難点は解決されていないようにみえます。

何年か前から、私たちは、樹木や共生菌類の繁殖生態を研究するために、このマイクロサテライトマーカーを活用しようと考えていましたが、従来からのマーカー作りには、怠け者の私(たち?)には耐えられる訳が無いと、二の足を踏んでいました。ある日突然、「もっと簡単なマーカー作製方法を考えればいいんだ」と気付き、新しい方法の模索が始まりました。失敗の毎日、思惑はずれの年月を過ごすうちに、ある時ようやく、世間の手法とは違った新しい手法を完成させることが出来ました。

初めに私たちが考案した方法では、まず繰り返し配列のプライマー(例えば、ACACACACACACACACAC)を使って、PCR法でゲノム中にあるマイクロサテライトとマイクロサテライトが少し間をおいて隣り合う領域(ISSRと呼びます)を増やし、両マイクロサテライト間の塩基配列を決めます。次に、その配列をもとにして設計したプライマーにより、抑制PCR法と呼ばれる技術で、マイクロサテライトの反対側の隣接塩基配列を決定し、マイクロサテライト増幅のためのもう一方のプライマーを設計します。これでマーカーが一つ完成します。「ISSR-抑制PCR法」と名付けました。この方法では、従来の手法の様にコロニーハイブリダイゼーションや濃縮といった、ノウハウが必要な技術を全く使いません。PCR、サブクローニングそれに塩基配列決定という、ごく基本的な技術のみをつかう画期的な方法だと自負しています。その後改良を進め、一つめのプライマーを設計する段階で、ISSRの代わりに抑制PCR法を用いる「二重抑制PCR法」を考案しました。既にこの方法で、私たちは、植物、動物、昆虫、菌類、プランクトンなど30種類以上の生物から、高い効率でマーカーを作製することに成功しています。更に最近、二つのタイプのマイクロサテライトが直列に繋がった複合マイクロサテライトと呼ばれる塩基配列(例えば、AGAGAGAGAGAGAGTGTGTGTGTGの様な塩基配列)に焦点を絞り、たった一回の抑制PCRだけでマーカーが一つ出来る複合マイクロサテライトマーカー作製法を確立しました。この方法では、マーカー一つを作るのに、実に二重抑制PCR法の半分の時間と費用と労力で済みます。

私たちの考案したこれらの方法は、他の方法に比べて数多くのメリットがあります。何よりも、特別なノウハウを持っていない研究室でも、簡単にマイクロサテライトマーカーの作製ができてしまうという点が、最大のメリットでしょう。時をおかず多数の研究者がこれらの方法を使い始め、従来法に取って代わってマイクロサテライトマーカー作製法の世界的スタンダードになることを期待しています。

発表論文:

  1. Lian C, Zhou Z, Hogetsu T (2001) A simple method for developing microsatellite markers using amplified fragments of inter-simple sequence repeat (ISSR). Journal of Plant Research 114:381-385:ISSR-抑制PCR法の論文
  2. Lian C, Hogetsu T (2002) Development of microsatellite markers in black locust (Robinia pseudoacacia) using a dual-suppression-PCR technique. Molecular Ecology Notes 2:211-213:二重抑制PCR法の論文
  3. Lian CL, Gueng QF, Wadud MA, Shimatani k, Hogetsu T (2006) An improved technique for isolating codominant compound microsatellite markers. Journal of Plant Research 119:417-419:複合マイクロサテライトマーカー作製法の論文

2006.09.30
宝月岱造

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