培養困難な食用きのこ,「タマゴタケ」の人工栽培化を目指して

食用価値の高い野生きのこであるマツタケ,トリュフ,ポルチーニ,タマゴタケは外生菌根菌に属し,樹木と共生関係にあることが知られています.外生菌根菌は,多糖類(セルロースなど)を分解する能力を持たないため,増殖するためには生きた樹木からの炭素源の供給が不可欠です.そのため,原木や菌床を用いた従来の方法では栽培することができません.したがって,菌根性きのこ類の栽培化を実現するためには,宿主植物の根に菌根菌を感染させた苗木を作出し,それを維持する技術の開発が必要です.しかしながら,菌根菌は総じて菌糸生長が遅いため,感染苗木の作出が容易ではありません.中でもタマゴタケは,培地上で菌糸が全く生長しないか生長が非常に遅く,移植を繰り返すうちに死滅することも多いため,難培養性と言われています.また,感染苗木の作出に成功した事例も報告されていません.そこで私は,タマゴタケを培養するための確実な方法を確立し,感染苗木を作出することに挑戦しました.

タマゴタケとは?

タマゴタケ(Amanita caesareoides)は,欧州で「皇帝のきのこ」と呼ばれる高級食材であるA. caesareaの近縁種で,濃厚な旨味があり,どんな料理にも合う美味しいきのこです.皮膜に覆われた幼菌は,生で食べることもできます.私もタマゴタケを生で食べたことがありますが,栗とも大根おろしとも言える独特の風味と,枝豆に似た旨味があり,どちらかと言えば珍味であるように感じました.「タマゴタケ」の名は,古くからこれを食用として利用していた信州地方の呼称で,白色の皮膜に覆われた幼菌の内部が卵黄色の組織で満たされている様子が,鶏の卵に似ていたことから付けられました1).タマゴタケは,日本では北海道から九州まで広く分布し,主に初夏(梅雨明け頃)と初秋の2回,ナラ・カシ類(コナラ属)やモミ属の林で特に多く見られます.これまで本種の学名には,熱帯アジア性のA. hemibaphaが与えられてきました.しかし,詳細な標本観察と遺伝子解析の結果,タマゴタケは,A. hemibaphaとは別種であり,ロシア沿海地方南部で記載されたA. caesareoidesと同種であることが判明しました2)

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図1. タマゴタケ.

タマゴタケの培養方法の開発

タマゴタケを子実体組織から分離培養する時に,多くの外生菌根菌種に用いられるMMN寒天培地のほか,マツタケの研究で用いられるMNC寒天培地,菌類の培養に幅広く用いられる麦芽寒天培地を用いてみました.その結果,MNC寒天培地でのみ菌糸体を培養することができました2).しかし,培養に成功した菌糸体は全て亜高山帯で採取した子実体から分離されたもので,低地で採取した子実体ではどの培地を用いた場合でも菌糸体が生長しませんでした1).このことから,タマゴタケの培養には亜高山帯集団とMNC寒天培地の組み合わせが有効であると考えられました.

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図2. タマゴタケの培養菌糸(接種2ヶ月目).

タマゴタケを菌根形成させた苗木の作出

シラビソ林で採取した子実体から得たタマゴタケの培養菌糸体を用いて,菌根合成を試みました.宿主植物には,生長が速く外生菌根菌の研究で頻繁に用いられるアカマツと,野外でタマゴタケに共生しているシラビソをそれぞれ用いました.養分を添加したバーミキュライトとミズゴケの混合物を基質とした滅菌土壌に,無菌発芽させた実生を植え付けて,その根系に培養菌糸体を接種して4~5ヶ月間培養しました.その結果,アカマツでは高い確率で菌根が形成されたのに対し,予想に反してシラビソには菌根が形成されませんでした.さらに,菌根合成に成功したアカマツ実生を,滅菌したB層土壌を詰めた素焼き鉢に移植し,ガラス温室で3年間栽培した結果,菌根が増殖しました.これとは別に,菌根合成に成功したアカマツ実生を無菌根のシラビソおよびミズナラと共植して養苗した結果,シラビソだけでなく,ミズナラにもタマゴタケの菌根が形成されました.このことから,タマゴタケの亜高山帯集団は,シラビソだけでなくアカマツやミズナラとも共生できることが明らかとなり,これらの樹種を用いて栽培化することが可能であると考えられました.今後,感染苗木から子実体発生を誘導する方法を開発していく予定です.

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図3. タマゴタケの順化菌根.

2015.04.24
遠藤直樹

論文:

1. 遠藤直樹(2015)難培養性食用担子菌タマゴタケの人工栽培化に関する基礎的研究.信州大学博士学位論文 甲第56号

2. Endo N, Gisusi S, Fukuda M, Yamada A(2013)In vitro mycorrhization and acclimatization of Amanita caesareoides and its relatives on Pinus densiflora. Mycorrhiza 23: 303-315.

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