ブナ科樹木萎凋病菌Raffaelea quercivora の樹体内分布

新潟のナラ枯れ画像
図1.新潟県で発生したナラ類集団枯損(2007年).

ブナ科樹木萎凋病(Japanese Oak Wilt)は,病原菌Raffaelea quercivora により引き起こされる病気です(図1).1980年代後半以降,本病によるミズナラやコナラなどの集団枯損(通称ナラ枯れ)が21府県で発生し,現在も毎年およそ1000ヘクタールの森林でブナ科樹木が枯死しています.

病原菌Raffaelea quercivora は,カシノナガキクイムシの集中穿孔によって樹体内に持ち込まれます.持ち込まれた病原菌によって宿主の水分通道阻害が引き起こされますが,病原菌によって引き起こされる通道阻害のメカニズムはまだよくわかっていません.そこで,R. quercivora の樹体内での蔓延過程や,菌糸の分布域と通道阻害の発生部位との関係を明らかにするために,苗木に病原菌を人工的に接種し,解剖観察を行いました.

通常,菌糸は透明なため,樹体内の菌糸を観察するためには菌糸を染色する必要があります.従来の染色では,サフラニン・ファストグリーンやトルイジンブルーなどが用いられてきましたが,これらの色素では植物組織も染まってしまうため,菌糸と植物組織を識別することが困難でした.そこで,クロミサンザシ白粒葉枯病菌の観察に用いた,菌糸だけを特異的に染色する蛍光標識レクチン(F-WGA)(研究ファイル参照)を,樹体内の菌糸の観察にも使えるのではないかと考えました. 実際に野外で枯死したコナラの材切片をF-WGA染色すると,材の部分と菌糸を明瞭に区別することができ,カシノナガキクイムシの掘った坑道周辺には菌糸が蔓延しているのがわかりました.

材組織内の菌糸の画像
図2Raffaelea quercivora 接種ミズナラ苗の接種点における菌糸と防御物質の分布.A 接種4日後の縦断面.接種点(右下)から道管と放射組織を菌糸(緑色)が伸長している.B, C 接種14日後の縦断面.接種点(右側)から菌糸が伸長し,菌糸分布域の外側に蛍光物質(B IB励起,C U励起)が蓄積している.スケールバー 200 μm.

この方法を用いて,ミズナラ苗木の幹に1カ所孔を開けて人工的に病原菌を接種し,4,7,14,28日後に観察しました. その結果,菌糸は接種部から道管を縦方向に,また放射組織を横方向に伸長していました(図2-A).このことから,R. quercivora は,道管を縦に伸長した後,隣接する放射組織に侵入して横に広がり,さらに放射組織から別の道管に侵入して縦方向に広がるという過程を繰り返すことにより樹体内に蔓延していると推測されます.また,接種14日以降の木部組織内には,2タイプの蛍光物質からなる反応帯が観察されました(図2-B, C).この反応帯は,菌糸の分布域の外側を取り囲むように分布しており,菌糸がこの反応帯を越えることはありませんでした.宿主樹木はこの反応帯を形成することにより,R. quercivora の蔓延を防いでいると推測されます.一方,接種部付近の横断面における苗木の通道阻害は,菌糸の分布域とその外側の範囲で起こっていました.

以上のように,1カ所からのR. quercivora の侵入による菌糸の分布域は狭く,通道阻害も菌糸の分布域の周辺でしか起こらないことから,本病により宿主の萎凋症状が引き起こされるためには,カシノナガキクイムシの集中穿孔によって多数の場所から樹体内にR. quercivora が持ち込まれ,菌糸が伸展する必要があると考えられます.本病を防除していくためには,媒介昆虫の生態を明らかにしていく必要があり,今後の課題といえそうです.

2010.4.27
高橋由紀子

論文:
Takahashi, Y., Matsushita, N. and Hogetsu, T. 2010. Spatial distribution of Raffaelea quercivora in xylem of naturally infested and inoculated oak trees. Phytopathology 100: 747-755. (http://apsjournals.apsnet.org/doi/pdf/10.1094/PHYTO-100-8-0747)

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