サクラてんぐ巣病菌(Taphrina wiesneri)の越冬部位の解明

サクラてんぐ巣病は,タフリナ・ウィースネリ(Taphrina wiesneri)(以下タフリナ菌)という菌によって引き起こされるサクラ類の病気です。この病気は,沖縄県を除く日本全国で発生していて,特に,ソメイヨシノが大きな被害を受けています。サクラ類の枝にタフリナ菌が感染すると,その部分から枝がほうき状に叢生します。このような様相を,日本では「天狗の巣」に,西洋では「魔女のほうき(witches’ broom)」に見立てて,この病気の病名がつけられました。

タフリナ菌が感染した枝では,花が咲かなくなります。そのため,この病気に罹った開花期のソメイヨシノでは,花を満開に咲かせた樹冠の中で緑色の葉を付けているてんぐ巣が目立ちます(図1)。タフリナ菌は,100年以上前から知られている病原菌ですが,その生活環はほとんど解っていません。そこで,私たちは,まず,タフリナ菌の越冬部位を明らかにしようと研究に取り組みました。

タフリナ菌の越冬部位を特定するために私たちが用いた方法は,種特異的プライマー対を用いたPCR法です。この方法は,植物組織から抽出したDNAを鋳型として,タフリナ菌のDNAだけを増幅するプライマー対を用いたPCR反応を行い,標的にしたDNA断片の増幅の有無により組織内のタフリナ菌の有無を確認するというものです。この方法により調べた結果,タフリナ菌は,てんぐ巣内の冬芽と枝の内部で越冬していることが解りました。

図1

図1. サクラてんぐ巣病が発生したソメイヨシノ。樹冠内で葉が展開している枝が罹病枝(てんぐ巣)。

では,タフリナ菌は,冬芽や枝のどの部分で越冬しているのでしょうか。このことを明らかにするために,冬芽と枝の解剖観察をしました。タフリナ菌の菌糸は透明なため,そのままで観察するのは困難です。そのため,これまでに植物組織内の病原体の観察に用いてきたFITC標識レクチンによる染色方法(研究ファイル「光れ線虫」「ブナ科樹木萎凋病菌の樹体内分布」)で,菌糸を染色してみました。その結果,タフリナ菌は,グルコースやマンノースに結合するコンカナバリンA(ConA)により,染色できることが解りました。この染色方法を用いて,てんぐ巣内の冬芽の切片を蛍光顕微鏡下で観察すると,緑色に光る菌糸が,冬芽の内部にある葉の葉肉細胞の細胞間隙に広がっている様子が観察されました(図2)。このことから,タフリナ菌は,芽の内部において,葉の葉肉細胞の細胞間隙で越冬していることが解りました。枝についても同様に観察しましたが,組織内にFITC-ConAで染色される顆粒が大量に分布していたため,菌糸を確認することができませんでした。枝内での菌糸の分布については,今後,別の方法で明らかにしていきたいと考えています。

図2

図2. FITC標識コンカナバリンAで染色したソメイヨシノの芽の横断面。左,サクラてんぐ巣病の罹病枝の芽; 右,健全枝の芽。

以上の研究により,タフリナ菌の越冬部位を初めて特定することができました。しかし,タフリナ菌の生活環には,まだまだ不明な点が多く残されています。そのため,罹病枝を切除する以外に有効な防除法が確立されていません。たとえば,タフリナ菌は,春に胞子を飛散させますが,その胞子がどのくらいの範囲まで飛散し,その後,いつどのように宿主へ侵入するのか,全く分かっていません。今後,このような不明点を一つ一つ解明して,本菌の生活環の全貌を明らかにし,サクラてんぐ巣病の新たな防除法への道を拓きたいと考えています。

2013.05.28
松下範久

論文:

Komatsu M, Taniguchi M, Matsushita N, Takahashi Y, Hogetsu T (2010) Overwintering of Taphrina wiesneri within cherry shoots monitored with species-specific PCR. Journal of General Plant Pathology 76: 363-369.

松下範久・小松雅史・宝月岱造 (2011) ソメイヨシノ枝内におけるサクラてんぐ巣病の越冬部位の解明. 植物防疫 65: 469-472.

小松雅史 (2012) サクラてんぐ巣病菌 Taphrina wiesneriはソメイヨシノの枝の内部で越冬する. 樹木医学研究 16: 140-142 (「樹木医学会奨励賞」受賞講演要旨).

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